ぎんざ本店
ぎんざ本店は、小樽市の総合手芸店・株式会社ぎんざの本店。
1954年(昭和29年)、ボタンや裏地など和洋裁の付属品店として創業した[1]。当時はサンモール一番街商店街、丸井今井小樽店の隣の小規模の店舗であった[2]。ぎんざの重役自身「車庫みたいな小さな店」と振り返っている[3]。店名は東京都の銀座にあやかっての命名であり、「銀座のように華やかに賑わってほしい」との願いが込められている[3]。1982年(昭和57年)、閉館した電気館(稲穂2丁目)の建物を改修して移転し、ぎんざ本店として開業した[4]。
店舗は1階と2階があり、それぞれ330平方メートルの規模であった。1階はパッチワークや小物作り用の生地、糸や針、ボタン、はさみ、物差し、ミシンなど、洋裁の材料が取り揃えられていた。入園・入学時期には、可愛い絵柄の生地やワッペンや、エプロンや絵本バッグ、靴入れなどの入園・入学用品の材料を買い求める、若い母親の姿も多かった[2]。
2階の毛糸売り場は、毛糸の色や太さなどさまざまな品揃えで、その数は約190種類と、道内でも屈指の規模であった。編み物針、毛糸の帽子、セーター、マフラー、編み物の本なども販売されていた。一角には手作り教室もあり、手編み教室、パッチワーク教室、手織り教室、刺繍教室などで、手芸ファンに好評を得ていた。手編み教室は専門の講師を招き、無料で開催されていた(材料のみ店で購入)。小樽を中心として、遠方から訪れる客もいた[2]。
従業員は30歳代から70歳代で、大半が女性で、ベテランが多かった[3]。専務取締役も大学卒業後、帯広の手芸店で5年間の勉強を積んでいた[3]。客からの「こんなものを作りたい」「こんな材料がほしい」といった要望にも即座に従業員が応え[3]、好みの生地でそれらの品物の製作にも応じていた[2]。
2020年(令和2年)以降のコロナ禍でのマスク不足に際しては、同年2月中旬から、ガーゼ生地やゴムなどによる手作りマスクキットが人気を集めた[5]。陳列したマスクキットがすぐに売りきれ、人気の高い品は入荷手配中状態となるほどだった[6]。
1990年前後が売上のピークであったが、令和期には小樽市内の人口減や少子高齢化に伴って、売上がピーク時の約7割少ない、厳しい状況が続いた[7]。加えて建物の老朽化もあり、2025年(令和7年)11月末日に閉店した[8][9]。その翌月の12月にイオン小樽店2階に移転して「銀座ボタン」の店舗名で再開業[10]、移転前の約4分の1の売り場面積の規模で、営業が続けられている[9]。
脚注
- ↑ 「お仕事訪問 ぎんざ(小樽市)手芸用品5万点 親身に説明」『北海道新聞』、2018年6月2日、樽A朝刊、16面。
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 「まち探訪 小樽・都通り商店街 14 洋裁・手芸 ぎんざ」『毎日新聞』、2006年3月8日、北海道地方版、23面。
- ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 「おはよう経済 お仕事拝見 ぎんざ 小樽市稲穂2の14の14 手芸用品 要望即座に」『北海道新聞』、2006年10月24日、樽A朝刊、26面。
- ↑ 「しりべし今昔物語 2014年はこんな年 電気館開館100年 映画全盛期のシンボル」『北海道新聞』、2014年1月5日、樽B朝刊、29面。
- ↑ 「新型肺炎拡大 マスク、消毒液 品切れ続く 市内 手作りキット人気」『北海道新聞』、2020年2月28日、樽B朝刊、17面。
- ↑ "手作りマスクキットが人気! 手芸のぎんざ". 小樽ジャーナル.
- ↑ 「北海道4区 進む過疎化 縮む地域経済 小樽 商店街 目立つ空き店舗「地方の現実に向き合った政策を」」『北海道新聞』2026年2月4日、樽B朝刊、21面。
- ↑ 「小樽で創業70年「ぎんざ」イオン移転へ 老舗手芸店 都通りに別れ 今月末閉店 新たな客層開拓目指す」『北海道新聞』2025年11月26日、樽A朝刊、14面。
- ↑ 9.0 9.1 "都通り商店街・手芸のぎんざ本店2025.11.30 18:00閉店". 小樽観光協会公式サイト「おたるぽーたる」.
- ↑ ぎんざ (otaru.ginza) - Facebook
