西川ぱんじゅう店

提供: 小樽のじかん事典
2011年8月17日撮影

西川ぱんじゅう店は、小樽市稲穂2丁目(都通り)に存在したぱんじゅうの専門店[1]

1965年(昭和40年)に創業した[1]。初代店主の西川幸太郎は「たけやパンヂウ」(1930年創業)[2]で働いていた経験を持ち、「昔のタケヤの味の復活」を看板文句に掲げていた[1]

ぱんじゅうは、溶いた生地を焼き板に流し込んで強火で一気に焼き上げる調理法が用いられ、香ばしく軽い食感や、おやきなどには見られない艶、極めて薄い皮を特徴とした[1]。タケヤに倣い、餡には粒餡が使用された[1]。初代の没後、2代目店主となった息子の西川幸司も「父の味を変えたら客は満足しない」として、伝統の味と手法を維持した[3]。また、餡の劣化を防ぐために、原則として持ち帰りを断り、焼きたてを店舗で味わうことを徹底していた[3]

店主の装いも印象的であり、初代が定着させた白衣に白帽、蝶ネクタイという独特の職人風の服装は、2代目にも継承された[1]。初代は名物店主として親しまれ、2代目もまた親しみやすい人柄で知られた[4]。店頭の行灯や持ち帰り用の袋には初代の笑顔のイラストがあしらわれていた他[1]、早朝便を利用するフェリー客に配慮して、早朝から営業を行うなどの姿勢も見られた[3]。1990年代以降は地元住民よりむしろ、本州からの観光客の利用が多く、店舗前に長い行列ができるほどだった[3]。店内には全国のファンから寄せられた記念写真が多く飾られていた[3]

店主の高齢化や体調不良に伴い、2026年7月中旬より休業に入っていたが、同2026年8月5日に店舗シャッターに閉店告知が掲示され、半世紀以上の歴史に幕を下ろした[5]

脚注

  1. 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 塚田敏信『ほっかいどうお菓子グラフィティー』亜璃西社、2012年2月2日、224-225頁。ISBN 978-4-900541-95-5
  2. otaru.museumの投稿(pfbid0MTqak5V2mKX181fFwdem53dSc9DRTvAE5feR7LhLbMVUvzi6gMknoxdWNdBryHTnl) - Facebook
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 「土曜倶楽部 伝統守り根強い人気 二代目「西川のぱんじゅう」観光客が長い列「親父の味」と気遣いで」『北海道新聞』、1992年8月8日、小樽朝刊、23頁。
  4. 入江織美、亀井千歩子、ひらのりょうこ『日本のお菓子 美味探訪』山と渓谷社、1990年7月5日、22頁、doi:10.11501/13191286
  5. 都通りの小樽市民にも昔から馴染みの「西川ぱんじゅう店」が閉店しています【情報提供】”. 小梅太郎の「小樽日記」 (2026年8月7日)。